ダンスがきっかけで結婚した新郎新婦。
“ダンス”がテーマの結婚式の物語です!
披露宴会場の中心には、スポットライトに照らされた雄一が1人立っている。
静まり返った空間の中、カツ、カツ、カツ、とドラムスティックを打つ音が聞こえた瞬間、ジャカジャーンと豪快なエレキギターの音が大音量で鳴り響く。
アップテンポな音楽で包まれる会場。湧き上がる歓声、拍手、歓喜に満ちた笑顔。
そんなゲスト達の様子を知ってか知らずか、一心不乱に踊り続ける雄一。全身から、幸せのエネルギーが溢れ出ている。
「ダンス! ダンス、したいんですよね、俺」。
ウェディングプランナーである裕子に向かって、雄一は前のめりになって話し出した。そんな理由から、初めて雄一と顔を合わせた時の裕子の印象は「なんかちょっと……軽そうで苦手かも」だった。
結婚式で主役が踊るダンスといえば、新郎新婦が一緒に踊るロマンティックなファーストダンスが有名だが、雄一の様子や話を聞いてもると、どうやらファーストダンス以外のダンスについて語っているようだ。
「ダンス! 外せないんっすよ、俺ら二人には」。
雄一の頭はとにかくダンスのことでいっぱいで、肝心な「ダンスを外せない理由」がまったく出てこない。
それでも、とにかく笑顔で聞き続ける裕子。相手が何か夢中になって話している時には、聞くに徹するのが得策だ。でも……どうしても……、雄一の真意を読み解けない。
「だって、俺ら二人をくっつけてくれたのは、ツイストダンスの神様なんだもん、な!」
照れ臭さを隠すかのように大げさに歯を見せてニカっと笑いながら、近い将来妻となる里美の肩をポンッと叩いた。
(ツイスト……ダンス……??)
初めて聞くその単語に、裕子の口はポカンと空いたまま閉まらない。
「でも雄ちゃん、結婚式で新郎がツイストダンスを踊るって……聞いたことないよ? ほら、プランナーさんも困っているし……」。
里美が申し訳なさそうにこちらに目をやる。
(しまった……!)
カップルに一瞬でも気を遣わせてしまった自分を恥じながら、裕子は続けた。
「いいじゃないですか、やりましょうよ! その……ツイスト……ダン……ス……?」
勢いに任せてやりましょう!と一緒に乗り出したのは良いものの、『ツイストダンス』を知らない裕子の言葉はどんどんしぼんでいってしまう。
(ツイスト? 何かの略? 英語? 日本語? どこかの国のダンス……?)
何かヒントが湧いてこないものかと、裕子は頭をフル回転でひねらせる。
(だめだ……。何も湧いてこない……)
20代前半の裕子にとってツイストダンスはあまりに馴染みがなく、どのような動きをするのかまったく予想がつかない。そんななか「ツイストの神様」なんて言われても、裕子がとっさに思い浮かぶのは学生の頃毎週見ていたあの有名なバラエティテレビ番組だ。二人が一体何をしたいのか、さっぱり分からない……。
「あの、ところでツイストダンスって……?」
意を決して雄一に問いかけてみる。
「あれ、ツイストダンス、知らなかったんですね!」
そう答えた雄一はその場でスクッと立ち上がり、腕を軽くぐグーでにぎると、おもむろに体をくねくねとくねらし始めた。
(これって……昔代々木公園の広場なんかでよく踊られていたあのダンスだ!)
全身を使って説明してくれた雄一のおかげで、裕子はようやくツイストダンスがどんなダンスかを理解した。親の世代がこぞってからだをくねらせていたあの“ちょいわる”ダンス。何かのタイミングで目にしたテレビの映像が脳裏に浮かぶ。
「それでツイストの神様は、どんな風にしてお二人を引き合わせてくださったんですか?」
ツイストダンスの正体が明らかになったところで、ようやくウェディングプランナーとしての本領を発揮し始める裕子の問いに対して、里美は少し恥ずかしそうに、ためらいながらこう答えた。
「それが……。今どき冗談みたいな話しで笑われるかもしれないんですけど……、私、彼のツイストダンスを見て、一瞬で好きになっちゃったんです。」
「ダンスを式に取り入れる!」と一点張りだった雄一のことを申し訳なさそうにしていた里美だったが、話を聞くとどうやら、彼女自身もツイストダンスの実現を望んでいる。そうと知ったら、その希望を形にするのがウェディングプランナーだ。この瞬間、裕子は胸に誓った。
(二人の思い出の「ツイストダンス」、最高な形でプロデュースしよう!)
「そうだったんですか。そういう理由なら、結婚式のプログラムにぜひ取り入れましょう!」
こう二人に伝えた瞬間、ふたりの顔に一気に光が灯った。見つめ合って、自然と手を取り合って声にならない笑顔で喜んでいる。
「そうと決まったらまずは、その時の様子を詳しく教えてください……」。
里美の母親が若いころにツイストダンスを踊っていたこと。二人の出会いが、里美の母親に連れられて訪れた、ツイストダンスを踊るクラブのようなバーだったこと。雄一は一目で里美のことが気に入り、思いを届けたい一心でダンスを踊り続けたこと。そんな雄一の姿に里美の心も奪われたこと……。
二人にとってのツイストダンスは、愛を表現する手段だった。雄一が全身全霊の思いを込めて踊るほど、里美は恋に落ちた当時のことを思い出し、彼の愛と自分の内に潜んでいる愛を実感するのだ。
「なんかちょっと…… ……軽そうで苦手かも」
第一印象でそんな印象を抱いた男性が、実はものすごく硬派で、ダンスでしか思いを伝えることができない不器用で男性であることを知った裕子は、とにかく雄一が無心になってダンスを踊れる場を演出したいと考えた。
そこで思いついたのが、披露宴会場の中心にステージを作ること。
中央に大きなスペースができるように円卓を配置し、360度どこからでもそのステージが見えるように工夫した。スポットライトを当てることで、ステージからは周囲の様子が見えにくくなり、踊りに集中することができる。
式のテーマは「ダンス!ダンス!ダンス!」、ドレスコードは「ロカビリー」。二人が出会ったバーの雰囲気をそのまま、結婚式にも取り入れることにした。
そして新郎のツイストダンスは式の山場に持ってきて、大切なゲスト達の前で改めて新婦への愛を届ける場として紹介することにした。
そして今、裕子の目の前には、一心不乱でツイストダンスを踊る雄一の姿と、それを見守る里美の姿、そしてそんな二人を歓喜の声を上げて祝福するゲストの面々が映っている。
雄一のツイストダンスが終了した後は、ステージをゲスト全員に開放。この日のために協力してくれたバーのバンドメンバー達が、軽快なリズムの曲を流して場を盛り上げる。
その光景はまるで、結婚式というよりもオールディーズのダンスパーティーだ(!)。
ロカビリースタイルで身をまとったゲスト達が、思い思いのダンスを披露し、体全身で祝福を表現している。里美の母親も、年季の入ったツイストダンスを披露して会場を沸かしている。
そんな中でひときわ輝いていたのは、もちろん新婦里美の笑顔だ。里美もウェディングドレス姿でゲストと一緒にダンスを楽しみながら、視線はずっと、ツイストダンスを踊る雄一を追っている。
「今日、また彼に恋しちゃいました」。
式を終えた後の控室で、里美はハニカミながら控えめに、裕子にそう告げた。
この瞬間こそ、裕子がウェディングプランナーとして一番のやりがいを感じる瞬間だ。
(だから、ウェディングプランナーはやめられない)。
いわゆる“結婚式”とはかけ離れていたかもしれない、雄一と里美の披露宴パーティー。でも結婚式に“普通”なんて存在しない。
カップルの数だけ、結婚式の数があるのが当たり前だ。
「今日も幸せな夫婦の誕生に立ち会えたことに感謝!」
そんなことをポツリと口にした後、今日の結婚式で流れた曲を鼻歌でなぞってみる。見よう見まねで体得したツイストダンスのステップを踏みながら、裕子はご機嫌で帰路についた。