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【ウェディングストーリー】結婚前夜 ~大嫌いの裏返し~

投稿日:2017年1月17日 更新日:

「将来はパパと結婚する!」
そんな風に言っていた女の子が大きくなって結婚……
父と娘の感動のストーリーです。

 

お父さんは私のことなんて、理解してくれないのだと。いつも思っていた。だから、

……私達、結婚するの。

と言った時に、絶対反対されると思ったのに。

その時、父は何も言わずに、ただじっと私達の話を聞いていた。

あの日の父の表情を、今でも覚えている。

二村1

「将来はパパと結婚する!」

小さい頃は、大好きなお父さんのお嫁さんになるのが夢だったらしい。それは大好きなお父さんとずっと一緒にいるのは、当たり前で、そんな言葉を恥ずかしげもなく大声で唱えていた自分をどこかに置き忘れたみたいだ。

もうすぐ出て行く自分の部屋で、パラパラと思い出のアルバムを眺めていると、懐かしい高校の制服が目に入ってきた。

仏頂面の私と、少し距離を保って横に立つ父。

……少し距離あけて立ってよ。

あの時そう冷たく言い放った私に、父がどんな表情を向けていたのか、私は知らなかったけど、なるほど、それでも父の顔は照れくさそうに嬉しそうに笑っていた。

そうか。この頃からか。

あの頃の愚かな自分を思い出して、少しだけため息をついた。

キッカケは覚えていない。というより、キッカケなんてものはそもそもどこにも存在しないのかもしれない。

いつかどこかで、アップデートされた父に私は嫌悪感を抱いたのか。それとも、今までと変わらない父親に、思春期の私の反応が変わってしまったのか。

どちらにしても、二人の日常は変化していってしまったのだ。

……洗濯物、お父さんのと一緒にしないで。

記憶の中の声が、響いた。

私の中の父の記憶はいちいち私に干渉したがった。家を出かける時は、「どこに行くんだ」「誰と遊ぶんだ」「何時に帰ってくるんだ」本当に、放っておいて欲しかった。

どうしていちいち父に言わないといけないのか。面倒くささと相まってそれが、私をとてもイライラさせたのを覚えている。

……放っておいてよ!

ついには破裂して、そのまま家を飛び出してしまったこともあった。

家に帰るのが遅くなった時は、真っ先に父に叱られた。叱られた内容も、理由も当時の私の頭には入ってこなくて、ただただ、

「お父さんは私を理解してくれないのだ」と刻印が刻まれていった。

お父さんの後のお風呂も耐えられなかった。あのボロボロの背広も、つまらなそうに会社に向かい、まるで社会の歯車の一つでしかないような姿も、そして、それにあらがいもせずに、すべてを「仕方がない」で受け入れてしまっていることも……全部が許せなかった。

それなのに、どうして私には偉そうなことをいうのか。

まるで自分が完璧であるような振る舞いをして、私を叱る。自分が子供の時だって、もっと言うと今だって、完璧でないくせに。私を子供の前に、一人の人間として見てくれていないことが悔しかった。

あの頃から、私とお父さんの間に生じた溝は、埋まることなくむしろその距離はどんどん開いていった。そして、今となってはその距離がどれほどのものになってしまっているのか、まったく掴めない。

「素直」なんてどこかに売っているのなら買い占めたい。せめて、結婚式当日だけでも。

「まだ、起きてるの?」

扉の向こう側からお母さんの声が聞こえて、そのままそっと扉が開かれた。写真の中のお母さんと比べたら、幾分も年を重ねたお母さん。その苦労も、強さも、彼女の手と顔に表れている。

「お母さんも起きてたんだね。アルバム見てたらさ、なんか懐かしくなっちゃって」。

「あんたが生まれてから今まで、あっと言う間だった気がするわ」。

「私も、子供の時から今日まであっと言う間だったよ」。

「お父さんとも話した?」

「いや、それは……」。

「相変わらずね。あなたも。あの人も」。

「今さら、難しいよ。私もお父さんもお互いに理解出来ないっていうか、しょうがないんじゃない」。

「私には、二人とも同じに見えるけどね」。

お母さんがイタズラっぽく笑う。

「同じじゃないよ! 似たくないし」。

「本当、変わらないわね」。

お母さんと、パラパラとアルバムをめくる。

お母さんの隣は安心する。落ち着く。お父さんみたいに、一緒にいてザワザワしない。イライラもしない。お母さんは、ちゃんと受け入れてくれるから。私をしっかり見てくれているから。

「お父さんだって、私のこと好きじゃないでしょ」。

ポロリと口から出た自分の言葉は、なんだか思った以上に胸を締め付けた。

寂しいのか、悔しいのか、悲しいのか。

モヤモヤもするし、イライラもする。

このままじゃいけないってわかってるのに、動けない。

この感情に名前をつけるなら、なんて言うのだろう。人間は、認識しているものしか存在していると思えないから、だったら認識されていない、存在していないはずの感情だってきっとどこかにあるはず。

私が思考を巡らしていると、お母さんがため息を漏らして、

「特別に、お父さんの秘密を一個教えてあげようか」。

「え、何か怖いんだけど」。

「あのねーー」。

お母さんがまた、ニヤリとイタズラっ子の笑顔を見せた。

二村2

結婚式の前日は、懐かしい夢を見た。

今となっては、思い出すことも少なくなってしまった記憶。

お父さんとの楽しい記憶。

それが、余計に虚しくなった。

二村3

お父さんに触れたのは久しぶりだった。

記憶の中のお父さんよりもずっと細くて、あの広い背中も、なんだか小さく思えた。

音楽が流れる中、一歩、一歩。お父さんの腕に捕まって、軌跡を辿っていく。

お父さんはどんな表情をしているのだろう。お父さんは何を考えているんだろう。

結局、今日この日まで腹を割って話すことはなかった。歯に何か詰まったような気持ち悪さが、胸に残る。

と、ギュッとお父さんの腕に力が入った。

最初、気のせいかと思った。

でも、それは、確かに。

お父さんは、静かに震えていた。

その震えが、私の心も震わせた。

二村4

今日、ここで、私はお父さんへ手紙を読む。

それは、ありきたりだけど、ウェディングプランナーさんと一生懸命考えた結果。

感謝の手紙。ではなく、本音の手紙。

いつも自分の言葉を諦めて、飲み込んで。だから、今日、今日だけは、ちゃんと聞いて欲しい。

「ここで、新婦様から新婦様のお父様に向けてメッセージがございます」。

スライドが降りて、お母さんと一緒に選んだ写真達を流していく。私が仏頂面で写っている写真も含めて、全部お父さんとの写真だ。

そして、私は大きく息を吸った。

「お父さん」。

お父さんを呼んだだけで、喉の奥が熱くなった。

思ったよりも、心幹に触れる。

グッと足に力を入れて、言葉を続けた。

「お父さん、いつからだったか。私とお父さんはお互い話さなくなって、いつも言いたいことを飲み込んで。だから、今日、この日を機会に話そうと思います」。

足が震える。心臓が痛い。

「私は、高校生の時、お父さんが嫌いでした。いつも当たり前だったことが、急に嫌になって、お父さんの仕草にイライラして、干渉されるのもすごく嫌でした。私のこと、全然理解してくれないんだって思って、自分のこと伝えることさえ、諦めるようになりました。自分でも何でこんなにイライラするのか分からなくて、お父さんにひどいことを言ってしまった時も、その後に後悔していたりしたけど、自分から謝ることは絶対できなかった。お父さんはいつも私を頭ごなしに叱っていたし、私のこと嫌いなんだろうなって思っていました」。

本当に、そう思っていた。

「だけど、アルバムを見て思い出したことも沢山あります。ブランコを押してくれたこと、自転車練習したこと、逆上がりの練習したこと、肩車してくれたこと、土日の朝に一緒にパンケーキ作ったこと」。

走馬灯のように、次々に景色が頭に浮かび上がっては消えていく。

透明な沢山の粒が、頬を伝って地面に落ちて、嗚咽を持ってきた。

「話さなくなってた時も、私が……受験勉強で夜にリビングで……寝ちゃった時に、毛布かけてくれたこと。風邪ひいた時、ずっと側にいてくれたこと。……っ私の先にお風呂入らないで、とか。触らないで、とか。洗濯一緒にしないで、とか。あの時、お父さんは強いから何言っても大丈夫って思ってたけど……お父さんも人間だから。多分、いっぱい、いっっっぱい傷つけたと思うけど…………私が言ったことは次からは気をつけてくれていたよね。どれだけ、疲れた次の日も……っ、うっ……どれだけ、嫌な日も。家族のために会社に行って、今までずっと支えてくれたこと。高校生の時から話さなくなってしまったけど、その分これから沢山…………話そうね。今まで育ててくれてありがとう!って言おうとしたけど……まだ沢山やり残したことあるから……だからっ…………これからもよろしくお願いします」。

「ーーお父さんね。こっそり、あんたの旦那さんに『娘をよろしくお願いします』って後日一人で頭下げに行ったのよ。そんなお父さんが、あんたのこと嫌いなわけないじゃない」。

手紙を読み上げて、グチャグチャの顔を上げると、お父さんも私と同じようなグチャグチャな顔をして、静かに何度も頷いていた。

ああ、こんなにも、優しい顔をしていたんだ。

お母さんの言う通り、私たちは同じだった。

……お父さん。今度は一緒に飲みにいこうか。

二村5

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