新婦のためにつくるサプライズウェディングケーキが義理の父子の絆をつくっていく感動のストーリです。
断っておくが、僕は甘党ではない。
食べられないほどではないけど訪問先で出された時と、誕生日の時に「おめでと~!(ルビを振るなら『食らえこのヤロー』)」ともらった時以外は自らチョイスすることは無い。
それがなぜ、こんなにかわいいらしいケーキ屋さんに、それも1人でいるのか? それは僕の仕事に起因する。
申し遅れたけど、僕は上野優希。ウェディングプランナーとして2年働いている。
今日は、今回僕が担当している杉田幸太郎さん、山内愛実さんカップルのウェディングケーキの打ち合わせ。
愛実さんのお父様、重義さんは郊外でケーキ屋さん『ぱあしもん』を営まれていて「ウェディングケーキは父のところで! 世界一なんです!」という愛実さんたっての希望により、打ち合わせにお邪魔した次第である。
職場の女性陣から「うえってぃずるーい!」「ケーキ好きじゃないくせにー!」「神様は不公平だー!」と大ブーイングが巻き起こったのは、また別のお話。
「まぁ、まずはお召し上がりください」。と、重義さんがケーキを出してくれた。
げげ、モンブラン。甘いものが得意じゃない奴にとってはなかなかツラい。ブーイングしてきた女性陣に「代われるもんなら代わってやるよ!」と心の中で少々的外れに毒づく。
しかし口をつけないのは失礼にあたるので、恐る恐る口に運ぶ。あのくどい甘さを覚悟しながら……。
……あれ?
何これ? うまい!
「いかがですか?」
重義さんがにっこりと笑う
「おい……しいです! モンブランってもっとくどい甘さの物だと思ってましたが……」
「そうですか、それは良かった」。
口に入れた瞬間にすーっと溶けて、甘さと一緒に消えていく。ケーキはめったに食べないが、どこか懐かしいようなそんな味だった。
「柿なんです」と重義さんが目を細めながら呟いた。柿? モンブランって栗でしょ?
「『ぱあしもん』っていう店の名前も、今お召し上がりいただいたモンブランの根っこの部分には柿があるんです」
この人は、いま自分の一番大切なことを話そうとしてくれている。そう確信し、さりげなく背筋を伸ばす。
この仕事は人生を「商品」にしていると言っても過言ではない。お客様の大切に思われているモノ、コトを大切にし寄り添う事。これがこの仕事で一番大切な事だと僕は思っている。
今、重義さんは自ら「これを君に大切にして欲しいんだ」と教えようとしてくれている。
「妻が病気で亡くなる前、まだ愛実がお腹にできたばかりの頃、京都に行きましてね。そこでとても美味しい和菓子を頂いたんです」。
重義さんの目は今でも、ここでもない場所を見ていた。
「あまりの美味しさに、職人さんに思わずどうしてこんなに美味しいのか尋ねたんです」。
「基準は干し柿の甘さや」そう職人さんは答えたのだそうだ。干し柿の甘さは薄すぎず、くどすぎない、ちょうどいい甘さなのだそうだ。
その言葉に、今は亡き奥様、千恵美さんが「洋菓子も同じじゃないかしら?」と言ったそうだ。そしてこう言葉を続けたのだ。
「きらびやかで派手なものは都心のお店にお任せして、私たちは素朴で飽きないものを作りましょう。この子が安心して食べられるような。きっとそれを望んでる人はお母さんは世の中にたくさんいると思うの」。
すこし膨らんだお腹に、愛おしそうに手を当てながら微笑む千恵美さんの言葉に、このお店の味の基準を決められたのだ。そしてお店の名前も柿の意味“persimmon”を親しみやすいように平仮名で『ぱあしもん』に。
「この店は妻の雰囲気そのものなんです。至る所に記憶、面影、気配が残っているんです。愛実は妻の記憶がほとんどないのですが、温もりを感じるのでしょうか、幼い頃嫌な事があったり、私に叱られた後は閉店後の店の隅っこで泣いていたりしたものです。そして今でも、私のケーキを食べた時に“お母さんの味だね”いうんです」。
ああ、この人はなんて穏やかな顔をしているんだろう。僕は目の前の男性にほとんど畏敬の念を覚えた。最愛の人を失って、その悲しみや、苦しみを乗り越えて男手一つで愛実さんを育てられて。もし、僕が重義さんと同じ歳になった時、同じように穏やかな顔を出来るだろうか?
「すみませ~ん! 上野さん、お義父さん遅くなりました!」
僕の命題を吹っ飛ばすように、息を切らせながら、新郎の幸太郎さんが扉から滑り込んできた。
なぜ、ケーキの打ち合わせに新婦ではなく新郎が来るのか? それは僕のいたずら心、もといサプライズ好きな性格が「幸太郎さんも一緒に作られてはいかがですか?」と提案したからだった。
もちろんサプライズ好きだからというだけではなく、一緒に作業する事で、新婦父と新郎が打ち解けて、良好な関係を築いて貰えることを狙っての事だ。
「え、俺も作るの? マジで?」
「え、幸太郎君と作るの? マジで?」
というお二人の反応に心の中でニヤニヤしながら、「愛実さん大喜びで、大泣きですよ!」と説得すると、
「よっしゃ、頑張るぞ、お義父さんお願いします」。
「……しごくぞ? 息子よ」。
とノリノリになるあたり二人も相当のサプライズ好きである。
「料理は割と得意」という幸太郎さん。じゃあ、割と有望かなと思っていると、
「料理とお菓子作りは全然違うよ? むしろ得意な人は向いていないかも」。
と重義さん。
「え、なんでですか?」
「料理得意な人って、分量が感覚的でいい意味で適当でしょ? お菓子は材料の分量がキッチリが基本だからね」
この仕事、知識が増えるなぁ……などとのんびりと義理の父子を見守る。時々「こら!」「すみません」が混じりつつも次第に二人も打ち解けていく。こうやって「家族」になっていくんだろうな。
「上野さん、ありがとう!」
打ち合わせという名の特訓が終わり、帰ろうとすると、幸太郎さんに突然声を掛けられた。
「上野さんのおかげで、愛実が何を大切にしているか。ケーキじゃなくて、その向こうにあるもっと根っこの部分がなんなのかを知る事が出来ました。正直な所、今日まで愛実がどうしてここまでお義父さんのケーキにこだわるのか分からなかったんです。でも、今日お義父さんと色々話しながら一緒にケーキを作ってみて、愛実はケーキそのものじゃなくて、お義父さんとお義母さんとの絆を大切にしてたんだってわかりました。俺も絶対大切にしていきます」。
心が震えた。
「大切な人の大切なものを大切にする」=僕が仕事で大切にしている事。
お客様とウェディングプランナー。その関係を越えて、今、自分の大切にしていることを大切にして貰えたような気がする。
それがここまで嬉しいんだということに改めて気付く。
「……冥利に尽きます」。
少し声が震えそうになるのを誤魔化すように頭を下げる。
「でも、お礼を言うのはまだ早いですよ! ちゃんと式を成功させなくっちゃ! 主役は幸太郎さんと、愛実さんのお二人なんですからね!」
照れ隠しで明るく声を張り上げる。
「はい、お世話になりますがよろしくお願いします。上野さんが頼りです! 式の後、落ち着いたら飲みでもに行きましょう! なんか俺、上野さんのこと好きみたいっす」
「え~、僕女性にしか興味ないですよ?」
「そういう意味でなく!」
僕にとってのゴールは、結婚式の成功。でも二人にとっては、これが始まりになる。その始まりに立ち会えるのはとても幸せなことなんだと思う。だから僕はこの仕事が好きなんだ。
この式、必ず成功させるんだ! そう思いながらハイテンションで溜まりつつあるデスクワークをこなすために会社への帰路へついた。