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【ウェディングストーリー】ダズンローズ

投稿日:2017年1月18日 更新日:

7年間お付き合いして結婚したタケルさんと葉子さん。実は、正式なプロポーズをしていなかったことが判明し……

一人のウェディングプランナーがある行動に出ます。読み終わったときに心が温かくなります。

「そういえばプロポーズって、どんなシチュエーションだったんですか?」

ウェディングプランナー歴3年。私は何も知らないふりをして、新郎・タケルさんにちょっといじわるな質問をしてみた。本当は、タケルさんがプロポーズをきちんとしていないことを知っている。

「あぁ……プロポーズですか……どうっだったけなぁ……」。

タケルさんはバツが悪そうに空間を仰ぐ。

「あ、もしかして……まだ……?」

少し間を置き、先ほどよりもだいぶ声のボリュームを下げ、タケルさんを覗き込むように聞いてみる。

「あーーー………………、はい」。

タケルさんは、今度は視線を下げ、自分を戒めるようにうつむき加減でそう答えた。

「そうだったんですね……。失礼いたしました……」。

重たい沈黙が続く。

いや、正しくは“あえて重たく”しているのだ。

「プロポーズって……女の人にとってやっぱり大事……なんすかねぇ……」。

5秒ほどの沈黙の後、タケルさんが重たい口を開いた。恐らく、タケルさんにとっては永遠ほど長く感じた5秒間だっただろう。

「そう……ですねぇ……。大事というか……けじめとして……大切にしてほしいと思う女性も多いですよ」。

ポツリ、ポツリ、タケルさんのテンションに合わせて、私もゆっくりと言葉を紡いでいく。

その日の打ち合わせには、タケルさん一人だけで来てもらうように上手く手を引いていた。ふたりのプロポーズのことを、どうしてもタケルさんとふたりで話したかったのだ。

 

初めてふたりと打ち合わせをした時、タケルさんがトイレで席を外した際に交わした新婦・葉子さんとの会話が、私の頭からずっと離れなかった。

「プロポーズって、どんなシチュエーションだったんですか?」

私はタケルさんに投げた質問と同じ内容を、6カ月前、葉子さんにも聞いていた。

「あぁ、それが、なかったんです」。

葉子さんは、そんなこと別にどうってことないとでも言うように、ケラケラ笑ってそう答えた。会場見学に来た時の印象から変わらず、気さくで屈託のない笑顔を見せてくれている。

「それも彼らしいっていうか。7年も付き合っていると、ほら、本人同士よりも親の方がうるさくって。それに後押しされて、あっという間に両家の顔合わせが決まって。その時に結婚式の日取りも決まって。それで、今、ここです」。

(それで、葉子さんは本当は……)

そう言いかけた時、席を外していたタケルさんが戻ってきた。

「長かったね。もしかして……、打ち合わせに緊張してお腹壊したりしてないよね?」

葉子さんは相変わらずケラケラ笑ってそう言いながら、私に目くばせをした。その後、私たちは元の打ち合わせを再開させた。

それから6カ月、この話はまるでなかったかのように、ふたりとの打ち合わせは進んでいった。

(ひょっとしたら、とんでもないおせっかいになるかもしれない……)

私はそんな思いを抱えながらも、タケルさんにどうしてもプロポーズする気を起こしてほしいと思っていた。

だからこうして、あえてタケルさんひとりを呼び出し、あえて重たい空気を作り、“プロポーズしていないなんて信じられない”というメッセージを全身から発信している。

葉子さんはきっと、プロポーズをしなかったタケルさんを責めたりはしないだろう。器の大きい女性だ。タケルさんの少し引っ込み思案な性格も全て受け入れ、そんなタケルさんを好きでい続けたことは、今までの打ち合わせを通して十分に感じている。ふたりの絆と愛は、紛れも無く本物なのだ。

(でも……葉子さんだって一人の女だ……。プロポーズされて、嬉しくないわけがない)

私は自分のおせっかい心が正しいのか正しくないのか、葛藤を続けながらふたりとの打ち合わせを続けてきた。

そして遂に心を決めて、もしかしたら“ありがた迷惑”になってしまうかもしれないプロポーズ作戦を決行することにした。ウェディングプランナーとして、今まで多くのカップルに接してきた自分の直感に従ったのだ。

「ダズンローズって……知っていますか?」

相変わらずバツが悪そうなタケルさんを前に、私は意を決して切り出した。

「ダズン……ローズ……?」

「12本の薔薇で花束をつくって、最愛の女性にプレゼントをする演出なんです。ヨーロッパで古くから伝わっているプロポーズの方法で、1本1本の薔薇にはそれぞれ異なる想いが込められているんですよ」。

「はぁ……」。

「12本のそれぞれの薔薇の意味は、感謝、誠実、幸福、信頼、希望、愛情、情熱、真実、尊敬、栄光、努力、永遠」。

「感謝、誠実……」。

「それら全ての想いを、人生を共にしたいと思う最愛の女性に誓うんです」。

「幸福、信頼、希望……」。

「タケルさん!!!」

「は、はい……!」

急に出された大声に、タケルさんの背筋がピンと伸びる。

「おふたりの絆と愛がとても深いことは、今までの打ち合わせで十分に伝わってきました。私もおふたりのプランナーとして、おふたりの結婚式が最高のものとなるように最後まで精一杯お手伝いさせていただきますし、どんな小さなリクエストでも、今後も遠慮なく相談してください」。

タケルさんの背筋は相変わらずピンと伸びている。

「でもここからは、おふたりのプランナーとしてではなく、一人の女性として、失礼を承知でお話させてください」。

「ど、どうぞ……」。

タケルさんは目を大きく開き、驚きを隠すことなくそう返事をした。

「プロポーズをされて、嫌な思いをする女性はまずいません」。

そう強く断言した後、今までサプライズプロポーズを行ってきたカップルの話、その時の新婦の様子、表情、放った言葉、実際に撮影された写真を交えながら、色んな事例を紹介した。

「葉子さんにも、ぜひ、女性としての喜びをプレゼントしていただけないでしょうか」。

そして最後にこう言った。

(とんでもないおせっかいだと怒らせてしまったらどうしよう)

言い切った後すぐ、後悔の念が押し寄せてきた。

「………」。

タケルさんはずっとうつむいたまま黙っている。

(お願い、何とか言って……)

今度は私にとって永遠に感じる5秒間が流れた。

「僕……彼女にプロポーズ……します!!」

そして迎えた結婚式当日。何も知らない葉子さんは、メイクとドレスアップを終えて“ファーストミート”のためにタケルさんの待つ中庭へと向かっている。

「7年も経つと新鮮さみたいのがなくなっちゃうじゃないですか? だから花嫁姿を使って、新しい私の魅力に気付いてもらう作戦なんです」。

打ち合わせで話していたままの少女みたいな笑顔で、葉子さんはタケルさんの肩に手をおいた。

ガバッと一気に振り返ったタケルさんは、葉子さんの花嫁姿にリアクションする間もなく、12本の薔薇を掲げて膝まづいた。

「よ、葉子……!」

緊張のせいで、タケルさんの声が裏返る。

(頑張れ、タケルさん……!)

遠くからふたりを見つめる私の手にも、自然と力が入る。

葉子さんは想定外の出来事に、目をパチパチさせて棒立ちしている。

 

「こ、これ希望で……あと、えっと……えっと……」。

7年も付き合ってきたふたりとは思えないほど、タケルさんの言葉はぎこちない。

「愛情、情熱、真実、尊敬、栄光、努力、永遠」。

葉子さんがタケルさんの言葉に続けてこう答えた。いつもの屈託のない笑顔はなく、真っすぐにタケルさんを見つめている。

「え? なんで? でも、そ、そう……! それ、12本分の想い、全部、全部葉子にあげる!」

こうして、タケルさんのプロポーズは幕を閉じた。

「ダズンローズのサプライズ、三浦さんが考えてくださったんですよね」。

披露宴を終えた後の控え室で、大事そうに薔薇の花束を手にして、葉子さんが笑顔でそう言った。

「実は私、彼のメモ、見つけちゃったんです」。

悪そうな笑みを浮かべて、葉子さんが続ける。

「彼、毎日ポケットにメモを入れて暗記していたみたいで。ある日洗濯物をしていたら、ポケットから出てきて……。もちろん、知らないふりをしたんですけど。それから私気になって“ダズンローズ”の意味を調べちゃって……。もう、気持ち抑えるのに必死で」。

葉子さんは、サプライズを知ってしまったことよりも、タケルさんがプロポーズをしようと決心したことが何よりも嬉しかったそうだ。

「それがまさかファーストミートの時に起こるとは思っていませんでしたけど」。

いつもの屈託のない笑顔で続ける。

「もうプロポーズはなくてもいっかって思ってたから……嬉しかったです。彼と、新しいスタートを切る事ができました。三浦さん、ありがとうございました」。

(おせっかいじゃ……なかったですか?)

そう言いかけた瞬間。

「葉子ー? もう着替えたー?」

そう言いながら、タケルさんが控え室に入ってくる。葉子さんはあの時と同じようにニコッと私に目くばせをして、「まだだよー!」と答えながら大事そうに薔薇の花束を机へ置き、タケルさんと一緒に後片付けの準備に取りかかっていった。

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